Discover 江戸史蹟散歩
 
 出羽三山信仰

 【足立区】西部(その2)

  ○ 湯殿山講中奉納手水舎      渕の宮氷川神社(東伊興)
  ○ 月山 湯殿山 羽黒山 順礼供養塔  入谷氷川神社 (入谷)
  ○ 月山 湯殿山 羽黒山       浄光寺    (古千谷本町)
  〇 百観音出羽三山参詣記念巡拝塔  全学寺    (古千谷本町)


渕の宮氷川神社 足立区東伊興2-12-4

<湯殿山講中奉納の手水舎>

 水盤の願主は「湯殿山講中、先達・大乗院、大寿院・・」
 文政2(1819)年の奉納です。

 先達は大乗院とあります。
 足立の「月山湯殿山羽黒山大権現」碑を奉納した講中の先達や、荒川の碑の先達も大乗院でした。

 大乗院は、出羽三山にあったと思われ、赤坂にあった修験道の大乗院の可能性はないようです。
 羽黒山山上の羽黒修験の30余ヶ院のひとつかと思いましたが、他に先達として刻まれている「正穏院」 「大寿院」は、30余ヶ院にありますが大乗院はありません。
 また明治維新時に廃仏毀釈で各寺院は廃されていますが、明治14年の出羽三山供養塔に「大先達 大乗院」と刻まれている碑もあり、廃仏毀釈の中でも続いています。
 出羽三山ではない近辺に東叡山御支配下の羽黒修験の寺として存在したようです。
 結論は得られていませんがキーワードとして「大乗院来迎寺」「清水大石田」が挙げられます。

     


入谷氷川神社 足立区入谷2-25-5

<参道>

    
 

<社殿等>

     
 

<月山 湯殿山 羽黒山 西國 坂東 秩父 順礼供養塔>

 境内に出羽三山供養塔があります。
 出羽三山の他も刻まれています。

    

 側面に「文化十三年丙子年二月吉日」

   

 もう一方の側面は、西新井大師、川口善光寺への道標となっています。
 「南 西新井大師道 西 河口善光寺道」

  
 

<湯殿山 月山 羽黒山 登山>(昭和4年8月5日)

 文化13(1816)年の出羽三山供養塔の反対面に、昭和4年の出羽三山登山が刻まれています。

   
 

<入谷古墳跡>(足立区登録文化財)

 社殿の土台は白幡塚古墳(入谷古墳)と呼ばれる円墳です。

(説明板)
「史跡 入谷古墳跡(入谷氷川神社)
 入谷古墳については、文政五年(一八二二)徳川幕府が各地の村などを調査して作成した「新編武蔵風土記」入谷村の記録に「八幡社 塚上ニアリ。土人白幡八幡ト称ス。古岩槻攻ノ時、当初ニ幡ヲ立シヨリ、カク称セリト云」とある。この地域は東京東部低地(足立区・葛飾区・江戸川区・北区・荒川区・墨田区)の北辺にあたり、足立区内でも最も早い時代(四世紀頃)に古代の人々の集団生活がはじまった場所の一つである。
 毛長川沿岸には舎人遺跡・伊興遺跡・花畑遺跡などの多くの古墳時代の遺跡が確認されており、これらの遺跡とともに多数の古墳が過去に存在したことが知られている。昭和四十九年、当地の区画整理事業に当り、予定ではこの塚の半分以上が削られるところであったが、地元住民の熱意によりこの塚が保存されることになった。入谷氷川神社氏子総代が中心となり、計画を変更し保存に協力したのである。
 現在、区内に残されている古墳は東伊興の白幡塚古墳一基のみとなってしまっている。古墳の可能性の高いこの塚が保存されることは、きわめて有意義なことである。
  平成十二年十一月  足立区教育委員会」

    
 

<庚申塔>

 庚申塔が2基あります。
 1基は「享保十七壬子年十月吉日」(1732年)

     


浄光寺 足立区古千谷本町2-12-18

  
 

<月山 湯殿山 羽黒山 西國 秩父 坂東 百番成就>

 月山 湯殿山 羽黒山、西国 秩父 板東の百観音札所、成田山不動明王の参拝記念に造立した巡拝塔です。
 文政10(1827)年2月建立 古千谷村 花井増蔵

    
 

<荒綾八十八ヶ所霊場>

 脇には「荒綾八十八ヶ所霊場」の碑が建っています。
 「荒綾八十八ヶ所第二十七番 浄光寺」

    


全学寺 足立区古千谷本町2-22-20

 こちらも「荒綾八十八ヶ所霊場」です。

(説明板)
「全学寺
 浄土宗古谷山浄光院全学寺と号す。創建は「新編武蔵風土記稿」より推して、開基真 野日向守梅敷の没年延徳二年(一四九○)よりやや以前と考えられる。真野日向守は、古千谷村を開発し名主を勤めた旧家花井家の祖で、法名浄光院殿通誉愚本全学居士という。寺名はこの法名に由来する。
 本尊は阿弥陀三尊、その脇侍に高祖善導大師と宗祖円光大師(法然)の像を祀っている。また阿弥陀二十五菩薩像や阿弥陀三尊来迎図、涅槃図、一枚起請文を付記した法然上人画像等がある。
 境内墓域には、江戸期の多様な形式の基塔があり、無縁塚中に逆修供養塔が一基ある。また念仏講中が造立した地蔵菩薩、六地蔵、名号塔、庚申塔、百観音出羽三山参拝記念の巡拝塔など多くの石造物がある。
  平成五年三月  東京都足立区教育委員会」

    
 

<六地蔵>
 元禄8(1695)年

  
 

<百観音出羽三山参詣記念巡拝塔>

 足立区教育委員会説明の巡拝塔とは、これかな?

 「西國秩父板東百番成就」(元禄16年9月)

 側面に「湯殿山大権現」等と刻まれています。
 (富士〜欠けている、湯殿山大権現、筑波山大権現、信州善光寺如来。筑波山は久しぶりに見ました)

 左は「奉造立庚申尊像」(享保11(1726)年1月)。

    

    


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