かつて、足立市場への貨物専用引込線だった国鉄足立市場線の跡が
やっちゃば緑道として整備されています。
つくばエクスプレスが後から割り込んできたため、
押し出された常磐線が貨物線跡のスペースを使ったので、
貨物線跡がすべて緑道になっているわけではありません。
京成本線の橋下には、線路施設が残っています。
足立区立郷土博物館掲示の写真
(やっちゃばのコーナーに展示してあったので、足立市場専用線と思ったものの、
手前にも線路が見えるので、足立市場専用線ではなく常磐線かもしれません)
<プラットホーム>
足立市場の細長い建物には貨物線のプラットホームが残っています。
<450mほどの距離>
足立市場の裏門から斜めに常磐線等の線路に向かい、そこから線路に沿って
京成本線の高架橋をくぐり、墨堤通りの上を行き、千住仲町47番地の入口まで、450mほどの距離です。
<未舗装砂道→タイル張舗装道>
未舗装の砂道を進んでいくと、子どもの像が横の駐車場にありました。
線路沿いからタイル張りの舗装道となります。
<京成本線橋下の遺構>
京成本線の橋下には、遺構が残っています。
引き上げ線の終端部分が残っており、4と書かれた距離標が転がっていました。
<京成本線→墨堤通り→終点>
京成本線の橋下をくぐり、墨堤通りにぶるかると、その上を橋で行き、千住仲町47番地で終点です。
<やっちゃば緑道案内板>
緑道の始点には、やっちゃば緑道の案内板(足立区千住河原町45-1)があります。
手書きの千住案内図が横に掲示されています。
<北千住駅〜中千住駅〜千住貨物駅>
中千住駅から分岐しいていた千住貨物線は、1935(昭和10)年11月1日〜1987(昭和62)年4月30日まで稼働。
中千住駅は1953年に廃駅となり、信号所を経て、貨物線の分岐点となります。
分岐点から先、墨堤通りで2方向へ線路が延び、京成線の高架をくぐります。
東の線路跡は岡田商事の中へ。西の線路跡の先が千住貨物駅となります。
<中千住駅> 足立区千住東1-23
大踏切の南に、かつて中千住駅がありました。現在は、東武エンジニアリングがあります。
「東京府南足立郡千住町全図」(昭和6年1月15日 足立区立郷土博物館蔵)
昭和6年の地図に、中千住駅が見えます。
<煉瓦の架道橋>
愛里病院の正面に、西側石積み、東側煉瓦積みの架道橋があります。中千住駅の南に位置しているので、東西の通路だったのでしょう。
<伊第21号踏切道>
大踏切(第22号)の次の第21号踏切の先で、貨物線は千住貨物駅に向かいます。墨堤通りを横切り、京成線の高架をくぐります。
<西の線路跡>
京成線の高架下の線路跡です。
<関屋公園に通ずる緑道> 千住関屋町17
京成線の高架をくぐり、高層住宅の間を通る緑道が貨物線跡になります。
<関屋公園> 足立区千住関屋町17-7
千住貨物駅は、足立区立関屋公園となっています。
<引き込み線> 足立区千住関屋町18-1
東側の線路跡は、奇跡的に線路が残っています。
岡田商事の工場内に「スユ3720」郵便客車が残されています。